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2007年6月23日 (土)

転(てん)の思い出

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ポメラニアンの転(てん)が虹の橋に行って1年が経ちました。月日の流れはとても早くて あっという間の1年でした。雷くんが来てくれたお陰かな?

雷くんと居ても、転(てん)の事を忘れた日はなかったなぁ・・・。毎日我が家の話題になってたもん。

転(てん)が我が家に来た訳はふたつあります。

まずひとつは…1994年7月25日ポメラニアンの雄(ゆう)が血液の病気でたった4年の命でこの世を去りました。

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ふたつ目は…結婚して、3年過ぎてもなかなか子供が授からず、授かっても流れたり…。雷パパの親戚に『3年子無き去れって言葉知ってる?』とやんわりと心無い事を言われたり…。今なら年を取り笑い飛ばせることでも20代前半の頃だったから、チョットの事でも傷いてた。本気で離婚も考えたし…。

そんな事に耐えられず、雷パパと別れても寂しくないように、当時私が住んでたT区のペットショップにフラっと立ち寄りお店の人に『ポメラニアンの♂を下さい』と言いました。

お店の人は『今は居ませんので、産まれたら連絡しますね』との対応。今、考えてみるとお店の人は『冷やかしか!?』と思ったに違いありません。だって毎日のように子犬情報の電話をくれてたから。

そして9月1日『今日産まれましたよ』と連絡が来て、その1ヵ月後の10月5日に我が家の子になりました。

我が家に来る前に名前も決めてた。私が生まれてから一緒に暮らす10番目のワンコだし、災いが転じるようにってふたつの意味を込め『転(てん)』と。

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転(てん)が我が家に来てから、楽しい毎日を過ごして3ヵ月後、『おめでた』の兆候が現れました。『どうせまたダメなんだろう…』と思い病院にも行きませんでした。流産する時は朝起きると『つわり』が無くなってて『こりゃダメだな』と自分で分かってしまってた。

何日経っても、流産の兆候がない。病院に行かなくてはと慌てて駆け込むと『もうすぐ5ヶ月ですよ。さっさと母子手帳もらって来なさい』と言われてしまった。先生も今までの事分かってたから一緒に喜んでくれて…。

すべて転(てん)のお陰だと感謝しました。動物アレルギーの私は妊娠して体質が変わったのか、喘息の発作が激しく出てしまい、子供を生むまでじぃさん宅にお預かりとなってしまった転(てん)。

それが悪かった。喘息を我慢してでも側に置いておくべきでした。じぃさんっ子になりじぃさんから離れなくなってしまったのでした。じぃさんは仕事場でも日帰り旅行でも転(てん)を片時も離す事は無く、寝食を共にしてたのです。転(てん)もそれだけ可愛がってもらえたら離れたくなくなりますよね。同居犬が他に3匹居たのに、転(てん)だけをとても可愛がってくれてたのでした。

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無事、息子を出産して、転(てん)を何度も説得!?して連れて来ようとしてもじぃさんも手放さないし。じぃさんの長期出張とかの時だけ我が家にお泊りするワンコになってしまったのでした。

じぃさんが仕事で行った先のみんなに可愛がられる転(てん)は色々な物を食べさせられ、どんどん体重が増え、気管支が狭まり、心臓に負担が掛かり、通院になったのは10才の時。咳き込み苦しそうな時は寝ずに付き添い背中をさすってあげました。肺に水が溜まり獣医に『もうダメですね。覚悟を決めなさい』と引導を渡されてから1年以上も転(てん)は頑張って生きてくれました。あと、数ヶ月で12才だったのに。

不謹慎だけど携帯のカメラに転(てん)の最後の姿を収めました。

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心臓マッサージもしました。人工呼吸もしました。でも、もうダメでした。家族みんなに見守られ眠るように旅立った転(てん)。

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とっても安らかな寝顔でした。

この日から家族みんなが無口で無気力で何も手につかなくて。転(てん)の居ない寂しさに耐えられなかったじぃさんはペットショップで目があったアメコカを衝動買いして来て、ばぁさんに雷(カミナリ)を落とされ、雷(ライ)くんの居る生活が始まったのでした。

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